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【体験談】エピソード008 反射の反応はできている

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※ご注意

この記事は息子が人食いバクテリアと呼ばれている劇症型溶連菌に感染した際の実際の体験を、記憶、LINEのメッセージ、写真などを元に書いたものです。

当時の私がそうであったように、人食いバクテリアに感染したご本人、ご家族、ご友人などは、わらにもすがる思いで回復した例が無いか探していると思います。

そんな方々がこの記事の例に少しでも希望を持てれば幸いと思い、息子の了承を得て公開することにしました。

私自身は医療関係者ではないため、治療方法、予後の処置、リハビリなど不正確な部分も含まれる可能性がありますこと、ご容赦願います。

特に治療やリハビリについては患者さんごとに状況が異なるため、この記事に書いてあることはひとつの症例であり、全ての人食いバクテリア感染者に有効なわけではないと思います。

実際の治療やリハビリの方針等は担当のお医者様や理学療法士の方と相談して頂く方が良いと思います。

なお、息子が今後、公開を拒むようなことがあれば予告なく非公開にすることがあります。

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動くようになってきた

この日も午後からICUの病室に面会に行きました。

目を覚ましている事を期待していたけど、今日もまだ目を閉じていました。

でも息子は昨日よりもかなり動けるようになっていて、活発になってきていました。

腕や肩もだいぶ動かしてましたのでそろそろ目が覚めても良いんじゃないかなと思えるほどに。

妻はこれでも目を覚まさないから脳に障がいがあるのかも、と凹んでいましたが。

目を覚ましたか?

妻が息子に声をかけた時にうっすらだけど目を開こうとしてこっちを見ているような感じがしました。

でも、顔のむくみと残存した睡眠薬とかでまだ目は開くのが辛そうに見えました。

そもそも意識が戻ったのか?というレベルだったし、仮に意識を取り戻していたとしても、息子は今どういう状況かも認識できてないだろうし。

反射の反応はしている

この日から、手先の包帯が無くなった。

手のひらなどは水ぶくれのような感じでパンパンに腫れていたけど、手先の包帯も取れてるからこっちは壊疽の心配が無くなったという判断なんだと思った。

左:左手、右:右手 左手は水ぶくれだらけで痛々しいが右手は腫れているがまだマシ

相変わらず尿はあまり出てないけど血液の透析で老廃物の排出はしている状態。

呼吸も一部はサポートしているけど一部は自分でしていると医師が教えてくれた。

体の中で細菌と戦ってた分の老廃物とかを痰の形で排出しようとしているので、この時は痰がたくさん出る時期みたいです。

挿管した管から痰を吸い出す処置をしてる時にえづいているから、その辺の身体の反応は問題無さそうに見えた。

それはそれで一つの安心材料なんだけど、ちょっと辛そうだった。

涙ちょちょ切れてるし。

でも、これまで医療機器の力で生かされている、という感じだったのが、少しずつだけど自分の力で生きている感じになってきた。

まずは命が助かれば、と思っていたので少し安心材料が増えてきた。

足の傷の様子は明日に持ち越し

この日の夜、足の手術をしてくれた整形外科の先生が来て、傷の状態や治療の様子を教えてくれるはずだったが、別の手術が長引いているとかで、面会時間に間に合わなかった。

なので、傷の状態などは明日以降に持ち越し。

明日こそ目を覚ましてくれることを祈りながら、この日は帰路に着いた。

子供は子供なりに状況を理解している

息子は大変な状態が続く一方で、熱を出して中耳炎になっていた下の子の熱は順調に下がり、元気を取り戻してきた。

下の子は兄がずっと家に帰って来ず、午後になると私と妻は出かけるし、じじ、ばば(私の両親)もずっと家にいるしで、子供なりに異常事態であることは理解しているみたいだった。

そのためか、あまりわがままを言わなかったらしい。

上の子が病気で帰って来られない、ということも伝えてはいたが、入院というのがどういうことかもあまり理解していなかったと思う。

そんな時、食事中に下の子が、「A(上の子の名前)、かわいそうだね」と言った。

多分、ずっと入院して帰れないことをかわいそう、と言ったのだと思う。

実は2,3日前の面会の帰りに妻と話していたことがあった。

仮に息子に障がいが残って、どんな状態になっても決して「障がいを理由に何かをあきらめること」と「かわいそうと思うこと」はやめようと。

親がかわいそうと思って育てたら、本人は本当にかわいそうになってしまう。

本人がやりたいと言ったことはなるべくかなえられるように全面的にバックアップしようということにした。

そんな中、下の子の「かわいそう」発言である。

親が考えている小難しい話はわからないだろうが、下の子にも「かわいそう」とは思って欲しくなかったので、理解できないことを承知で伝えた。

「Aは少し辛いかも知れないけど、”かわいそう”ではないよ。頑張っているからB(下の子の名前)も家で応援してあげてね」

多分、意味はわかってなかったと思うけど、応援するということはわかったみたいで、うなづいていた。

いずれ、なぜかわいそうではない、と言ったのか理解してくれる時が来るだろう。

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