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【体験談】エピソード014 リハビリを少しずつ開始

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※ご注意

この記事は息子が人食いバクテリアと呼ばれている劇症型溶連菌に感染した際の実際の体験を、記憶、LINEのメッセージ、写真などを元に書いたものです。

当時の私がそうであったように、人食いバクテリアに感染したご本人、ご家族、ご友人などは、わらにもすがる思いで回復した例が無いか探していると思います。

そんな方々がこの記事の例に少しでも希望を持てれば幸いと思い、息子の了承を得て公開することにしました。

私自身は医療関係者ではないため、治療方法、予後の処置、リハビリなど不正確な部分も含まれる可能性がありますこと、ご容赦願います。

特に治療やリハビリについては患者さんごとに状況が異なるため、この記事に書いてあることはひとつの症例であり、全ての人食いバクテリア感染者に有効なわけではないと思います。

実際の治療やリハビリの方針等は担当のお医者様や理学療法士の方と相談して頂く方が良いと思います。

なお、息子が今後、公開を拒むようなことがあれば予告なく非公開にすることがあります。

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リハビリの開始

今朝から少しずつリハビリを開始。

手をグーとパーにしたりする簡単な動作だが、それさえも今の息子は少ししか動かせないので、根気強くリハビリを頑張る必要がありそう。

午前中は嚥下(飲食物を飲み込む動作)のリハビリもやったみたいです。

飲み込む動作もまだ完全ではないみたいで、普通の水やお茶では体追いつかずむせてしまうので、とろみ剤という粘度を上げる(とろとろにする)粉を液体に混ぜて飲ませる必要があるらしい。

下手に肺とかに入るとまた誤飲性肺炎とかになってしまうのだろうと思う。

痛み止めの鎮静剤である医療用麻薬(フェンタニルという薬)の投与が続いているため、それが抜けるまでは気持ち悪いのが継続するようで、少し辛そうに見えました。

そのせいなのか、喉に詰まっている痰が自力で出せないからなのか、この日は機嫌が悪かった。

鎮静薬のフェンタニルは医療用ではあるものの麻薬と言われるだけあり、急に投与をストップすると離脱症状と言って、いわゆる薬物の依存性のような症状が出てしまうらしいです。

そのため、少しずつ投与量を減らして行く必要があると、医師から聞きました。

傷口の縫合手術は1週間後に

この頃は、面会開始時間の途中で私と妻のどちらかが早めに帰り、下の子の面倒をみるという感じで交代で面会と下の子の面倒を見ていた。

この日は夕方に私が帰宅した。

私が帰宅後に妻が整形外科の医師と話したようで、足の縫合手術を1週間後に予定したい、と医師から伝えられた。

この時、整形外科の医師から手術について妻が説明を聞いて、基本的には傷を縫合しますという内容だった。

しかし、足の神経が圧迫されてダメージを負っているから術後に足を動かす神経が戻らない可能性がある、あるいは神経は戻るけど、回復までに年単位で時間がかかる可能性があるという話があったようだ。

また、右足指の壊死については今後の経過を見ていくため、いつ切断などの判断が必要になるかはまだわからないということだった。

心配な右足の指。左足との差は明らか。

この時は正直、「あの腫れ具合で、傷ふさがるの?」とは思ったが、1週間後はもっと腫れが引くという判断なのだろうと思う。

傷口が開いたままだと新たな細菌感染のリスクもあるため、可能な限り早く傷口は閉じたいと聞いていたので、その辺りの兼ね合いもあるのだろう。

傷口からの感染の多くは黄色ブドウ球菌というヒトの皮膚にいる細菌や、息子が感染した溶連菌も感染リスクがあるようですが、もちろんこれらの菌に効く抗菌薬はあります。

抗菌薬は長く使い続けると、耐性菌が出現して増殖するリスクもあるためこちらも可能な限り手を残すという意味で、簡単には使いたくないとも聞いていた。

どこで、それらのカードを切るのか、切らなくて済むのか、改めて息子はまだ絶妙なバランスの上で安定しているのだと思った。

この日、腕の点滴の箇所が痛くなってしまい、腫れてきてしまったため、刺し直しをしたらしい。

結構痛くて辛いので、ということで妻はその時に退室させられたみたいです。

なぜか喋らない

息子は意識を取り戻してから、自分から発語することが少ないのが気になっていた。

私は鎮静剤が完全に切れていないので、その影響だと思っていましたが、妻はずっと脳の障がいを心配していました。

この日、発語の少なさが心配であることを妻が看護師さんに伝えると、脳の障がいの可能性はゼロとは言えないが、体のあらゆる筋力や体力が落ちていて声が出ない、声を出すのも疲れてしまう状態だと思う、と教えてくれた。

そして、おそらく本人はもっと喋りたいはずだと。

本人的には「痛い」とか「なにか飲み物」、みたいな単語に近いことは言うから、思うように話せないことで、喋ることに相当ストレスがかかっている様子だった。

喉も痰でゴロゴロしているし、喋れないわけではないけど体も自由に動かせないし、嫌な気持ちになって喋るもの嫌になってしまっているのかも知れない。

ただ、少しでも喋ることにトライしていかないと、どんどん衰えてさらに喋りにくくなる。

それは痰が絡んでいる喉についても同じ。

上手くできなくても、やることをやめてしまったら衰えはどんどん進んでします。

親としてはトライをして、衰えから回復していって欲しいと願うのだが、本人の辛さや絶望感はわかろうと思ってもわからない。

当時、小学1年生の息子からすれば、思うように喋れない、痰も吐き出せない、体も動かせない、という状態がこのままずっと続くのか、と絶望しててもおかしくない。

何せ、これまで大きなケガや病気もないわけで、そこから人の体が元に戻る経験もなければ、家族にもそんな経験をした人はいないから、元に戻るなんて考えも及ばなかったと思う。

なので、「練習すればまた喋れるようになるよ!」って励まして、少しでも喋るように促した方が良いね、と妻と話した。

ここで私等、親が落ち込んでたら息子はもっと落ち込むと思ったから。

ここ数日でそこまで衰えてしまうのか、と驚くと共にこれからのリハビリは相当過酷なものになりそうだと、改めて認識した。

今後の病室の選択

この病院には面会時間に関係なく24時間一緒にいられる、個室の病室もあった。

看護師さんに言われたのは「息子への精神的な影響を考えて、24時間一緒にいる選択をするなら退院までそれを継続した方が良い」ということ。

集中治療室の個室は空いていれば入れるし、個室の料金はかからないのだが、一般病棟に移ったあとは個室の料金が別途必要になる。

その額が1日あたり約2万円にもなるため、1か月で60万円。

息子は何か月後に退院できるかわからない中で、勇気のいる金額であることは間違いなかった。

治療費などお金に糸目は付けずにやれることは何でもやってもらおうという風に、妻とは話していたが命の危機を脱したこのタイミングでの選択は非常に困難な選択だった。

この時はいつ頃一般病棟に移れるか、一般病棟に移った後もどのくらい入院が必要なのか、などまったくわからなかった。

また、下の子は幼稚園の通園もある、私も仕事を休み続けられるわけではないため、24時間ずっといることが現実的にも難しかった。

そのため、一般病棟に移るまでの時間的な猶予を使って息子にとっても、私達家族にとってもベターな選択をするべく悩むことになった。

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